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フィンランドのテキスタイルブランド、VUOKKO ヴオッコ

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テキスタイルブランド 「 VUOKKO (ヴオッコ)」をご存じですか。 シンプルなストライプ基調のデザイン、だけど個性的で存在感のあるデザイン。カーテンにしても、テープルクロスにしても、とても様になるデザインです。 VUOKKO (ヴオッコ)は、 フィンランドのデザイナー  ヴォッコ・エスコリン・ヌルメスニエミ( Vuokko Eskolin Nurmesniemi )が立ち上げたフランドです。   グラスウェアのデザイナーとしてスタートしました。 彼女は、 1930 年ヘルシンキ生まれ。 Institute of Industrial Arts (Taideteollinen oppilaitos) で、セラミックを専攻。卒業後は、アラビア製陶所やヌータヤルヴィでグラスウェアのデザイナーとしてキャリアをスタートさせました。 1957 年には第 6 回ミラノトリエンナーレでゴールドメダルを受賞しています。 マリメッコの全盛期を支えるテキスタイルデザイナー。 1953 年にマリメッコの創業者アルミ・ラティア( Armi Ratia )の誘いを受け、テキスタイルデザインを手掛けはじめます。当時マリメッコのデザイナーだったマイヤ・イソラ( Maija Isola )ととともに、様々なデザインを発表し、マリメッコの全盛期を支えました。彼女のシグネチャー・ストライプとして有名なのが「ヨカポイカ  Jokapoika 」のシャツではないかと思います。 オリジナルブランドVUOKKO Oyを創業。 やがて 1960 年には、マリメッコから独立。 VUOKKO Oy を創業。 1964 年第 13 回ミラノトリエンナーレで、夫のアンティ・ヌルメスニエミ( Antti Nurmesniemi )とともに手がけたフィンランドブース(内装)のデザインでグランプリを受賞しました。 フィンランドを代表するファッションデザイナーへ。 彼女のデザインは、テキスタイルだけに留まらず、アパレルやインテリアの領域まで広がっています。その多くは、女性的なかわいらしさとはちょっと違うミニマルスタイルで、クールで知的な印象を受けるデザインのものが多くあります。フィンランドを代表するテキスタイル / ファッションデザイナーのひとりといえます。

ノルウェー、ベルゲンの絵本画家 レイダル・ヨハン・バルレ

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絵本を芸術の域にまで高めたと言われる画家・装丁家がノルウェーにいます。レイダル・ヨハン・バルレ Reidar Johan Berle 、 1917 年ノルウェーの古都ベルゲンに生まれ、 1997 年ベルゲンにて亡くなりました。その間、ベルゲン芸術工芸学校、オスロのノルウェー工芸産業学校(現オスロ芸術大学)、デンマーク王立美術院で美術を習得し、絵本・児童書を手掛けたのは 1950 〜 70 年代が中心でした。 ノルウェー人の心の故郷、ベルゲン   氏の故郷ベルゲンは、ノルウェー西岸に位置し、12世紀〜 18 世紀まで国際交易の拠点都市として国内最大規模を誇りました。現在は、壮大なソグネフィヨルド観光のメッカとして賑わいを見せています。深く濃く歴史の刻まれた古都であり、大自然のただなかの町として、ベルゲンは、ノルウェー人の心の故郷とも呼ばれています。 ゲニウス・ロキを宿す画家 レイダル・ヨハン・バルレ レイダル・ヨハン・バルレは、そんな風景の中に育ち、呼吸し、描いた人でした。北欧の新しい時代を吸収しながらも、その創作の根底には、極北ノルウェー西岸にひろがる固有のゲニウス・ロキを宿している、そんな気がします。 例えば、切り立つ断崖、青緑のフィヨルド、停泊する漁船、潮の香り、カモメの群飛、中世のままに並ぶ木造家屋や教会 …、寂寥とした景色の中に人や生き物が息づくゆたかさを表現する。人や生き物の中に、ユーモアや永遠を描きだす。そんな画家であったと思います。 フィヨルド固有のゆたかさ を写しだす 1953 年に刊行された旅行ガイドブック「 12 日間ノルウェー沿岸船旅 12 DAGER MED HURTIG RUTEN 」。 大胆な構図と 3 〜 4 色刷りによる挿絵は、どんな色彩鮮やかな絵画よりもフィヨルド固有の風景を象徴的に表現しています。 カウトケイノから来たトナカイのカウト   1963 年刊行の絵本「カウトケイノから来たトナカイのカウト Reinsbukken Kauto frå Kautokeino 」。 ノルウェー南の町に売りに出されたトナカイのカウトが、遙か約 1200km 先の北の町カウトケイノへ戻る旅の物語。針葉樹の森を抜け、夜空にうねるオーロラの下を走り、漁船団の停泊する港を眺め、ヘラジカと出会い、やがて共に育ったサーミの子どもたちのもとへ辿り着く。旅路の

リーサ・ヨハンソン・パッペが在籍した フィンランド オルノ社の照明デザイン

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照明デザイナーの石井幹子さんは、かつて、北欧のインダストリアル・デザインを習得するためフィンランドへ渡りました。1965年のことです。当時、オルノ社のチーフ・デザイナーだったリーサ・ヨハンソン・パッペ氏(Lisa Johansson Pape 1907–1989)にアシスタントとして採用され、照明器具デザイナーの道を歩みはじめました。 リーサ・ヨハンソン・パッペ氏のアシスタントへ 石井さんの著書『フィンランド白夜の国に光の夢』で当時の様子が語られています。今とは違って、はるかシベリア鉄道を使った五日間の旅路。ヘルシンキに辿り着いて、『「ああ、明かりの国に来たな」という実感が湧いてきました。』とあります。 オルノ社は、フィンランドで最も古い照明器具メーカー オルノ社は、フィンランドで最も古い照明器具メーカーとして、1921年ヘルシンキで設立され、2001年にその幕を閉じました。石井さんが在職していた頃は、ヘルシンキのデパートSTOCKMANNの資本傘下に入り、同社が最も輝いていた時期ではなかったかと思います。 柔らかな曲線と温かみのある表情を備えた照明デザイン クールモダンとはちょっと違う、柔らかな曲線と温かみのある表情を備えたデザイン。レトロな雰囲気をたたえたオルノ社の照明器具は、今や北欧ビンテージコレクター垂涎の的です。 本書『ORNO』 は、同社の照明器具デザインの歴史、特に戦後の社会情勢や技術の進展、新しい素材の活用にともなうデザインの変化について考察しています。また、パッベ氏はじめ、グニラ・ヤング(Gunilla Jung1905-1939)、ユキ・ヌミ(Yki Nummi1925-1984)、スベア・ウィンクレア(Svea Winkler1924-2003)など著名なデサイナーとその作品を紹介しています。また、1963年から参加していた日本のデザイナー鈴木庄吾(1932-1991)についても触れています。 この商品をオンラインショップで見る >> elama.jp

エスポ―現代美術館 カイピアイネン回顧展図録

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緑濃い針葉樹の森の街の美術館にて フィンランドのセラミックアーチストBirger Kaipiainen ( ビルゲル・カイピアイネン1915 - 1988 )。氏の生誕 100 年を前にして、 2013 年 6 月~ 2014 年 12 月、エスポー現代美術館( EMMA )にて回顧展が開催されました。 当時はヘルシンキからエスポーへ通じる地下鉄は なく、バスを利用して緑濃い針葉樹の森の街へ出かけたことを記憶しています。 GEEWEE という旧印刷工場をリノベしたスクエアで現代的な建 物内に美術館はあり、フィンランド最大規模。 アラビア製陶所で同僚だった Rut Bryk (ルート・ブリュック 1916- 1999 )の作品を数多く収蔵しています。 カレリア湖水地方とイタリア・ルネッサンス カイピアイネンの耽美的で、浪漫主義的なデザイン作品の数々は、手工芸を踏まえた北欧デザインとも、インダストリアルを前提とした北欧モダンとも少し違う、独特の世界感を表現しています。それは、彼が幼児期を過ごしたカレリア湖水地方の自然体験が創作の原点となったとも、イタリアミラノへの留学による ビザンチン様式、ルネッサンス美術の吸収によって洗練されたものとも言われています。 “ スミレ ”というモチーフが持つ意味について 本書はその回顧の展図録となります。表紙は、どこか宝石箱を思わせるベロア調の装丁、見返しはスミレのモチーフデザイン。スミレは、カイピアイネン最愛の妻 Maggi Halonen (マギー・ハロネン 1918-1966 )への愛情の印。二人は マリメッコ創業者 Armi Ratia (アルミ・ラティア 1912-1979 )を介して知り合いましたが、結婚生活は 8 年という 短いものだったといいます。以来、スミレはカイピアイネンにとって作品の重要なモチーフとなりました。 カイピアイネンの本をオンラインショップで見る >> elama.jp

デンマークで最も愛された絵本作家 アルネ・ウンガーマン

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デンマークの絵本作家と言えばアンデルセン( 1805-1875 )ですが、デンマークで最も有名な20世紀の絵本作家と言えば、アルネ・ウンガーマン (Arne Ungermann1902-1981)  ではないかと思います。 若くしてリトグラファーに弟子入りし絵を学び、 1924 年、 22 歳の時にコペンハーゲンの新聞社 Politiken  広告部門に採用されます。翌年には早くも、最初の漫画が新聞に掲載され、 1930 年に入ると、他社の新聞、雑誌などに寄稿するまでとなりました。   人気の新聞連載漫画作家となったアルネ・ウンガーマン   1935 年、新聞 Politiken 日曜版 Magasinet に紙面 1 ページを割いてシリーズ漫画の掲載が始まりました。タイトルは、「 Hanne Hansen 」。オルセン家に雇われた若くて素朴な家政婦ハンネ・ハンセンの物語で、デンマーク人の日常をユーモラスなエピソードとともに描いたシリーズは、読者の間で人気を博しました。連載は 1958 年まで続いたといいます。(長谷川町子の「サザエさん」のような感じでしょうか。) 1940 年ごろから、絵本・児童書の作家活動を本格化させて   1940 年代に入る頃から、共著含めた絵本・児童書の執筆が多くなっていきます。代表的な著書には、「世界にたったひとりのパッレ  Palle alene i verden 1942 年」「アベル・スペンダベル  Abel Spendabel 1945 年」「天空の城  Luftkastellet 1947 年」「ロッテの変身  Lottes forvandling 1949 年」、シュールな世界を独特のタッチで描く「 4 人の子どもたちとミス猫とクワァンキ - ワァンキの物語  Histrien om fire børn, en missekat og en kvanki-vanki 1950 年」「ティンカと人形の乳母車  Katinka og Dukkevognen 1958 年」など。 「太陽が風邪を引いたとき  Da Solen blev forkølet   」で児童図書賞を受賞   太陽が風邪を引くと、街から色がなくなって…という設定は、陽光の少ない北欧ならでは。 1960 年に出版された絵本「太陽が風邪を引いたとき  Da Sol

マリア・オーストレムの可愛い作品集

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スウェーデンのテキスタイルデザイナー、Maria Åström - マリア・オーストレム(1948〜)の 可愛い作品集「 Mönsterträdgård - パターンガーデン 」。 ヨセフ・フランクやウィリアム・モリスの流れを受け継いだデザイナーといわれ、 花々や樹木、果実などを題材にした有機的なパターンが作品の中心です。 それらの美しい布地は、室内に飾ると心がとても潤います。 スウェーデンの老舗ファブリックメーカー、Ljungbergs(ユンバリ)社の デザイナーでもある彼女のオーガニックなライフスタイルが垣間見える、素敵な本。 イケアで一番人気と言えるファブリックデザイン「STOCKHOLM BLAD」も彼女作品です。 In store now >> elama.jp

手刷りテキスタイル工房 ヨブス・ハンドトリュック〈Jobs handtryck〉

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美しく有機的な花柄を特徴とする手刷りテキスタイル工房 ヨブス・ハンドトリュック〈 Jobs handtryck 〉。この工房は、スウェーデン、ダーラナ地方シリアン湖の西、ヴェスタンヴィーク〈 Västanvik 〉村にあり、 ペール・ヨブス ( Peer Jobs 1913-1989 )、 リスベット・ヨブス ( Lisbet Jobs 1909 〜 1961 )、 ゴッケン・ヨブス ( Gocken Jobs 1914 〜 1995 )の 兄弟姉妹を中心に 1944 年創業されました。 創業以前、リスベットとゴッケン姉妹は共に国立芸術大学( Konstfack )で教育を受け、ストックホルムに陶芸工房を開き、陶芸作家としてスタート。 2 人は 1937 パリ万博、 1939NY 万博に出品するなど現代陶芸作家としての地位を築き、国際的な名声を得ました。 その後、第二次大戦とともに釉薬などの素材供給の制限がかかり、作品制作も次第に困難となってきました。その折り、 NK のテキスタイルデザイナーの奨めにより、陶芸で描いてきた様々な花柄のモチーフをテキスタイルに活かすこととなり、ペールが仲間と立ち上げたシルクスクリーン工房の活動に深く参画して行きました。 ちなみにリスベットは、音楽家の夫と二人の子供をもうけ 1961 年に急逝。 1940 年代の前半までの陶芸活動によって、『スウェーデンを代表する女性陶芸家』としても名前を残しました。一方、ゴッケンは生涯独身で、数多くの作品をテキスタイルデザインとして世に送りました。ヨブス工房以外の作品依頼にも応じ、スウェーデンのテキスタイル業界で、さまざまな功績を残しています。 ヨブスの本をオンラインショップで見る >> elama.jp

ベルント・フリーベリ Berndt Friberg の数少ない専門書

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  スウェーデンの陶芸家 ベルント・フリーベリ ( Berndt Friberg1899 ~ 1981 )は、スウェーデン南部、窯業の町 ホガナス (Höganäs)で誕生。陶工の家系で、 13 歳の頃から 陶磁器工場で働き始め、以降 、スウェーデン、デンマーク小都市の町工場に勤め、轆轤職人として技量を上げていきました。 1934 年、グスタフスベリ製陶所に雇用される。当製陶所は、スウェーデン陶磁器デザインの革新者であったウィルヘルム・コーゲ(Wilhelm Kåge 1889-1960 )がアートディレクターを務める大手企業でしたが、高度な轆轤技能を持つフリーベリの着任は、グスタフスベリ製品の品質を大幅に向上させました。また、コーゲに師事したことや様々な人脈形成によってフリーベリ自身の作品も洗練の度を高めていきました。 1944 年には製陶所内に自らの工房を設立、一介の轆轤工が当代一流の陶芸家として遇されるようになりました。この 1940 〜 70 年代、コーゲ、フリーベリ、さらにスティグ・リンドベリ( Stig Lindberg1916-1982 )が中心となり、グスタフスベリ製陶所は黄金期を迎えることにもなりました。 フリーベリの作品は、細い頸を伸ばした端正な造形のヴェースや、優美に波打つシルエットの茶碗など高度な轆轤技術に裏打ちされたフォルムが印象的です。同時に東洋の古陶磁にインスパイアされ、独自の解釈による釉薬の使用にも大きな特徴があります。 1948 年、 51 年、 54 年にはミラノトリエンナーレにて金賞を受賞。 本書は、ウールフ・ホード・オフ・セーゲルスタード(Ulf Hård af Segerstad 1915-2006 : スウェーデンの美術デザイン史家、スウェーデン工芸協会が発行するデザイン雑誌 FORM 編集者)による、数少ないフリーベリに関する専門書で、フリーベリ・ファンのマストアイテムともなっています。 当時著名作家の多くが陶芸以外の分野にも活動領域を広げたのに対し、フリーベリは終生轆轤と釉薬調合を究め、硬質さと日常の用にもふさわしい温もりを湛えた、北欧ならではの器の世界が生みだしました。本書には、白衣姿で轆轤を操るフリーベリ自身の創作風景、様々な釉薬による表現手法が紹介されています。 この商品をオンラインショップで見る >&g

アラビア製陶所の女性陶芸家、トイニ・ムオナ

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アラビア製陶所は、もともとロルストランド製陶所(スウェーデン)のロシア向け製品の製造工場として始まりました( 1873 年〜)。 1916 年、フィンランド国独立の前年に企業として独立。 1932 年には、製陶所内に「アートデパートメント(美術部門)」が設立され、この部門では大量生産品の製造に係わることなく、自由な陶芸制作が許されていました。 アート・ディレクターには、クルト・エクホルム( kult Eckholm1907-1975 )。メンバーには、ビルゲル・カイピアイネン( Birger Kaipiainen1915-1988 )、ルート・ブリック( Rut Bryk1916-1999 )、キューリッキ・サルメンハーラ( Kyllikki Salmenhaara1912-1999 )等、そして本書が紹介するトイニ・ムオナ( Toini Muona 1904-1987 )が参加しました。 本書は、年代とともにムオナの作風の変遷を見て取ることができます。初期はキュビズムの影響を受けた作風でしたが、次第に流麗でアシンメトリーなフォルムの陶磁器へ移行。轆轤も習熟し、様々な燃焼法と釉薬の調合を研究し、 40 年代には、細長く曲線を描く花瓶や大皿を作成しました。 1948 年には枝葉をモチーフとしたデコレーションを開発し、この技法はタイルなどに使用され人気となりました。 本書でとりわけ印象的なのは、 1940 〜 60 年代にかけて制作された銅紅釉と青銅釉の器類。釉薬によって描き出された銀河のような器の表情は、見る者を魅了してやみません。 この商品をオンラインショップで見る >> elama.jp