陶芸の達人 ウィルヘルム・コーゲ
Wilhelm Kåge Keramikens mästare |
もともとグスタフスベリは17世紀中葉、貴族の所領地とその附属煉瓦工場として始まり、経営主体の移行とともに、1825年、ドイツの製陶技師を迎え製陶所として新たなスタートを切りました。当初は英国風、銅版プリントもの主体でしたが、やがて、北欧模様によるNordiska Stilの作品群を世に出すなど、国際社会でも高い評価を得るに至りました。
その後、近代工業化の流れとともに、一般市民生活の質的向上に資するような、良質なマス・プロダクトへの要請が高まり、1910年以降、スウェーデン工芸協会は有能な若手芸術家・建築家を、分野を超えた産業の世界(特に、ガラス・陶磁器産業)へ積極的に招致し、デザイナーと職工の協働による生産体制構築を図りました。デザイナー、コーゲもそのひとりとしてグスタフスベリ製陶所に招かれたのでした。
同1917年、コーゲは、ストックホルム、リリエヴァルクス・ギャラリー(Liljevalchs Konsthall)で開催された「生活博覧会Hemutställningen」に、「Liljeblåリリエ・ブロア(青いユリ)」サーヴィスを出品。過装飾を廃したフォルムに、コバルト・インクによるシンプルな「ユリ」をアクセントポイントとした、当時としては斬新なデザインでした。
また1933年には、機能主義的なテーブルウェア「PRAKTIKAプラクティカ」シリーズを発表。これらコーゲの作品群は、既存の装飾的な新古典主義を脱した、北欧モダン・デザインの封切りとなる象徴的なプロダクトだったのです。
一方1910年代以降、グスタフスベリ製陶所ではプロダクト製品とともにアート・ポタリーの制作にも重点を置きました。コーゲのアート・ポタリーとしては1930 年に発表した「ARGENTA(銀)」シリーズがあります。深い緑釉・暗赤釉を掛けた陶胎に、熟練の職人が拡大鏡を駆使しながら丹念に銀箔で象嵌を施したもので、1950年代まで制作が続けられ、今だにコレクター垂涎のシリーズとなっています。
1942年、グスタフスベリ製陶所は業務多角化ともに所内に美術部門「通称G-STUDIO」を設立。ここを拠点に、コーゲは晩年に至るまで、作家性の高い作品群を世に出していくのですが、同時に、轆轤陶芸家ベルント・フリーベリ(Berndt Friberg1899~1981)、スティグ・リンドベリ(Stig Lindberg1916〜1982)、さらにその後進リサ・ラーソン(Inga Lisa Larson1931-)等とともに、1950年〜1970年代、グスタフスベリ製陶所の黄金期を築いてしきました。
本書は、スウェーデンのジャーナリストギセラ・エロン(Gisela Eronn)による著書。様々なポスターを制作したグラフィックデザイナー コーゲから始まり、グスタフスベリ製陶所でのモダンデザインによる様々なサービス製品を世に出した コーゲ、後半では、アート・ポタリーARGENTAとFARSTAを中心に論じています。
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