北欧モダンの源流を巡る書物
北欧モダン、北欧デザインって何だろう。何故、北欧なんだろう。
デンマーク、スウェーデン、フィンランド、ノルウェー、それぞれの国々で生まれたモダンデザインの品々は、美を誇る芸術品ではなく、洗練された表情を持ちながらも暮らしになじみ、愛着を感じさせ、柔らかく温かみがあり、人の心を癒やす何かを備えている。
例えば、食器、椅子、ペンダントライト、織物…。それらは、時々で、傑出した天才的なデザイナーが創造した世界だったりするけれど、でもそのもっと深い所に、沃土のように広がっている北欧の世界。それを感じずにはいられない。それは、一体何だろうと思う。
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Hemslöjd|ヘムスロイド |
そんなことを考えていた折に一冊の書物に出会った。
著書名は「HEMSLÖJD (家内手工芸)」。 スウェーデンの人類文化学者アンナ・マヤ・ニーレン (Anna-Maja Nylén1912-1976)によって1968年にまとめられ、1976年に出版された大著である。本書は、17世紀頃から20世紀に至るスウェーデン手工芸の変遷を、当時の生活形態や社会状況を見据えながら描きだしていた。
本書に即して、概略を少し考えてみると…
イギリスの産業革命に端を発して、19世紀初頭、近代工業化のうねりはヨーロッパ諸国へ、アメリカへと広がっていった。だが、北欧では少し事情が異なっていた。例えば、農業従事層が圧倒的であったスウェーデンでは、都市化・工業化は急速には進まず、欧米他国よりおよそ半世紀の遅れをとったという。その間も、旧来の農家を中心とした手工芸の伝統はたゆます続くことになった。
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新しい時代への、ゆるやかな受容の時間がもたらしたもの。
やがて19世紀末には、工業化も進み、その経過において様々な手工芸運動も(生産者を保護するための)ひろがりをみせた。その甲斐あってか、手工芸の伝統、様々な技法、様々な様式は、工業化への転換時期を経てもなお、うち捨てられることなく、ゆるやかに新しい時代へ、新しい技術や作家の眼を介して継承発展されていったという。一般市民の生活に即した工芸という姿勢とともに。
北欧モダニズムの源流を巡る思いを、深くする書物。
本書は、当時スウェーデン手工芸の歴史的な経緯や様々な技法を、氏の研究成果を踏まえて論述した貴重な一冊となる。掲載された豊富な図版や写真は、それだけで時代の流れが理解できるよう順序だてて配列され、感動的で魅力的な叙事詩のような構成となっている。本書には、1982年に山梨幹子氏による翻訳出版の労作がある。